すらすら読める方丈記

すらすら読める方丈記 (講談社文庫)

すらすら読める方丈記 (講談社文庫)

ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。
世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。
(一段)

……というわけで、方丈記を読んでみた。
実は方丈記は原稿用紙20枚分くらいで、すぐ読めてしまうのです。
さらに、この本は方丈記の全文に加え、作家でもある筆者がつけた現代語訳と、鴨長明への愛が溢れる解説がついていて、文字通りすらすら読める。

方丈記の内容としては、前半は鴨長明が体験してきた、飢饉地震、大風や遷都といった事件のルポタージュになっている。
その中で、長明さんは、「すみか」に注目する。
災害が起きたり、遷都が行われたりすると、家は壊れ、また新たに作られる。どんなに豪勢な家でも、はかないものである。

そんな光景を見てきた長明さんが、晩年に作ったのが方丈=3メートル四方のちいさな組立式住居だった。
山奥のいおりで、誰にも邪魔されることなく、念仏をとなえたり、となえなかったりする日々。
その素晴らしさを、長明さんがちょっと自慢げに語るのが、方丈記の後半である。

ただ、そんな方丈記の最後には、謎めいた言葉が書いてある。
以下、俺訳。

……こんな楽しい生活をしていると、たまに考えてしまう。
世間の人が俺を見たら、どう思うだろうか。
「お前、仏道に集中するために世間を離れて山篭りしたくせに、遊んでんじゃねーか」
と突っ込まれる予感しかしない。
まあ、その時は鼻でもほじりながら言ってやろう。
「あー、ハイハイ。ナムアミダブツ、ナムアミダブツ」

こいつはロックだぜ!
長明さんマジパネェ。

いろいろ煩悩にまみれていた長明さんは、
山奥の小さないおりに暮らすことで、修行をしても、しなくてもどっちでも良いや……という究極の自由に到達した。
このこだわりのなさは、俗に悟りと呼ばれる。


最後に長明さんの超カッコ良いセンテンスを紹介。

世にしたがへば、身、くるし。したがはねば、狂せるに似たり。
(二十五段)

くるしいのは自分である。
アイツは狂ってると言うのは世の他人である。
ではどうするのか。
レッツ方丈。