208日目

2/2火曜稽古。
A先生。


逆半身で転換して前に呼吸投げ。
逆半身で腕の下をくぐって回転投げ。

逆半身・相半身で入り身投げ小手返し四方投げ、一教。
回転投げの姿勢から二教の固め。

気の感応、座の呼吸。


小手返し、遠くに倒す感覚。
膝につける。

膝を使って腰を落とす。すぐできなくなってしまう。

入り身投げ、首をつかむ手。ひっぱらず、ひねる。

四方投げ、手の内の回転がそのまま相手を崩す。ぴったり付ける。


坂本真綾のシンガーソングライターで、生きているだけで音楽になると言っていた。
=動くだけで世界で唯一固有の技が実現するような境地が存在する。
 そんなことはありえない、この手はこのように動かさなければならない、とか、そういう顕在意識、執着が、動き即ち技になる境地を妨げているのでは。
 そのままで良い。

 では、「そのまま」で動くためには、技術的にどうする必要があるか。
 手は賢すぎるのではないか。
 坂村真民先生に従い、足の裏に主導していただくのが良いのではないか。
 大地とのインターフェースたる足の裏こそが、外部の力をこの身体を通じて発動させる方法を知っているのではないか。
 足の裏を光らせる。
 足の裏で投げる。
 手を使わず、頭を使わず、技を発動させる。
 そういうことができるのはないか。

 もしかして、ゾーンに入ることばかり考えていた頃、一度だけ、一対一の呼吸投げで腕の力が完全に抜けた、あの体験が、そういう状態だったのではないか。

 という思考に至ったので、あの日のあの状態を再現することを主眼において稽古しようと思う。

 先生がよく仰る、大先生に投げられた時の感触を春夏秋冬4種類ありありと思い出せるようにしている、というのは、大先生との間に発生した幸福な時間と、それに伴い出現した技の境地を記録しているという意味なのではないかと思う。